FifteenColors ShortStory

私の好きな歌のフレーズ(または詞全体)から発生したショートストーリーです。
タイトルは、ストーリーの元となった歌のタイトルです。

※このサイトの内容はほぼ(99.5%くらい)フィクションです。
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振りかえり(「おもちゃのまち」あとがき)

これは、栃木県南部に実在する「おもちゃのまち駅」という名前だけを頼りに1本作ったのです。
もっとファンタジーで現実離れしたものにしたかったんだけど、所詮私の持ち味は「リアル」なのかなって思い知らされた1本。

これ以来、ちょっとしたスランプっていうか「書けない病」にかかってしまって、ちょっと苦しいです。

方向性を見失ったというか、なんというか…
よっちゃん802号 | 15:52 | - | comments(7) | trackbacks(0) |

振りかえり(「今年の彼」あとがき)

「今年の彼」本編はこちら

「彼女の彼」同様、これも古いCDを整理している時、プリンセス・プリンセスのキーボードだった今野登茂子さんのソロCD(タイトル失念^^;)の中の曲「今年の彼」がヒントになりました。
特に私にとって印象に残った曲ではなかったのですが、なんとなく詞の雰囲気と私の書きたいことがマッチしたという感じです。
「毎年彼氏が変わったけど、今まで友達だった『今年の彼』で決まりです」みたいな詩の内容でした。
「Warp」や「彼女の彼」とは違って、今回は詞の雰囲気はあまり考慮しませんでした。

最初に、カオリのテーマカラーを決定。
ずっと「赤」っぽい人を書きたかったので、バックにバラが似合うような女王っぽい人を想定して書きました。
年齢はバブル末期に大学時代をすごしたような、30台半ばに設定。
この時点で、ストーリーは「一昔前のトレンディードラマ」っぽいものがいいかな…と思っていました。
そのうち「女王様の弱いところ」を書きたくなって、ダイキのキャラクターを作成。最初はホストにしようと思ったんだけど、ホストに騙されるなんてありがち過ぎたので、新入社員にしました。彼のテーマカラーは「黒」です。
肝心のケンタロウはキャラ作りに悩みました。テーマカラーは「緑」だったんだけど、作品中に上手く演出できなくて残念です。最初、ケンタロウの車は「シルビア」だったんだけど、なんかしっくり行かなくて、途中で「FD3S RX-7」に変更。
まだ、ケンタロウとカオリの絡みの部分が、自分自身でしっくりいていないので、これからも加筆修正はあると思います。
(FIXしたときに、あとがきの最終版も書きたいと思っています)

前作「彼女の彼」同様、某WEBサイトに投稿して感想、批評を頂きました。
2作目であること、前作より構想・作成ともに期間が短かったため、我ながらお粗末な初稿だったせいもあり、厳しい評価でした(ブログ版では、投稿版にかなりの加筆修正を加えております)。

【感想】
・何が起こったのかは分かるが、なぜ起こったかが分からない
・イベントの発生が唐突
・テンションが上がりきらなくて消化不良

感想をくださった方には、とても感謝しております。ありがとうございます。
しかし、なかなか感情移入できるようなものを書くのは難しいようです。
勢いで書いてしまうと、どうしても背景描写や心理描写が少なくなってしまうのは、私の悪いクセのようです。

なお、ここのコメント欄でも随時感想を受け付けておりますので、もし宜しければ感想をお願いします。
よっちゃん802号 | 20:53 | - | comments(1) | trackbacks(0) |

おもちゃのまち

 20××年12月23日、午後17時30分。
 私は東武鉄道の浅草駅ホームで、さっき自販機で買ったホットココアを片手に急行電車を待っていた。

 私、サイトウタマキは入社3年目の25歳。最近ようやく1人前の仕事を任せてもらえるようになり、企画やらプレゼンやら顧客との交渉やらで忙しい日々を送っている、ごく普通のOLである。ここ1ヶ月は新規事業の立ち上げプロジェクトの一端を任せてもらえるようになったので、会社に泊り込むことも多くなっていた。
 12月に忙しいというのは、私にとって都合のいい事だった。12月になると街じゅうがクリスマスムードになっていくのが、たまらなく嫌だったのだ。
 私はクリスマスが大嫌いだった。こんなイベントさえなければ、とずっと思っていた。

「あー、今日は久しぶりに定時に帰れるよ……」

 久しぶりの2連徹で、鉛のように体が重い。大学時代は朝まで飲んでそのまま大学へ直行という事もあったが、年を取ったのか、最近は無理が利かなくなってきた。あと、何日も帰らないと同居している祖母が心配するので、たまには一緒にいてあげようという気持ちもあった。今日は春日部にある自宅にまっすぐ帰ろうと思っていた。祖父母と同居している私の家に、両親はいない。

 私は、父親が40歳の時の子供だった。母親も病弱で、2人目の子供は考えていなかったせいもあり、一人っ子の私はモノも愛情もたくさん与えられて、何不自由なく育てられた。
 私の子供の頃の夢は『おもちゃのまちで暮らしたい』だった。「『おもちゃのまち』で大好きなおもちゃに囲まれながら、パパとママとおじいちゃんとおばあちゃんと、みんなで楽しく暮らすの」と毎日言っていたらしい。
 その当時は、私はクリスマスが大好きだった。クリスマスリースとツリーが何日も前から部屋に飾られ、当日には七面鳥の丸焼きと母の手作りの大きいケーキ、クリームシチューとプレゼント、私が大好きなものばかりが並べられる、1年で1番幸せな日だった。

 しかし、大好きだったクリスマスイブの日に、私は両親を交通事故で亡くした。

 両親は私に「タマキちゃんの欲しかったクマのぬいぐるみを買ってくるから、いい子でお留守番していてね」と言い残して家を出た。
 雪の中、両親は街まで車を走らせていたところ、不運にも事故に遭遇してしまったらしい。タイヤチェーンを巻いていない車が、カーブを曲がりきれず、対抗車線にはみ出してきて正面衝突したらしい。
 ……両親は即死だった。
 事故の知らせを聞いたとたんに祖母はショックで倒れ、祖父は何やら訳のわからないことを言い出した。『死ぬ』という意味など知らなかった5歳の私は、何が起こったのか全く分からず、葬儀や四十九日法要が終わった後も、何日も両親の帰りをただただ待ちつづけていた。

 両親が『死んだ』ということを認識したのは、その事件から何年か経った後だった。
 それから私は、クリスマスが『大嫌い』になった。
 しばらく私は、何も変わらないと思いつつ自分を責めつづけた。「どうしてもクリスマスイブにクマのぬいぐるみが欲しい」って言わなければ、両親はあんな目に遭わなくてすんだんじゃないか、と思っていた。祖父母にそれを話すと「お前のせいじゃない、運が悪かったんだ」と言うが、どうしても心の中にそれが引っかかっていた。そのせいもあるのか、両親の命日の前の日である、12月23日には、決まって同じ夢を見る。その夢は、私にとって、決して後味のいい夢ではなかった。

「ああ、今日もあの夢見るのかな……」

 そんな事をぼんやり考えているうちに、浅草駅のホームに電車が入ってきた。始発駅なので、恒例の席取り合戦が繰り広げられ、見事に私は勝利した。
 席に座って何分も経たないうちに電車は発車し、何ともいえない生暖かい空気と独特な電車の揺れが徹夜続きの疲れた私の身体には心地よかったらしく、北千住を過ぎた頃には、既に深い眠りについていた。そして、私は夢を見た。

 遠くでパパとママが私を呼んでいる。しかし、パパとママの姿は遠くてよく見えない。
「タマキちゃん、パパとママは先に行ってるよ」
「パパ、ママ、待って! タマキも連れて行って!」
 私は泣きじゃくる。しかし、パパの声はもう聞こえず、ママの声だけがかすかに聞こえる。
「『わがままいわない』って約束したのに、守らなかったからよ。こないだだってウサギのぬいぐるみのお洋服、おばあちゃんにこっそり買ってもらったし……でしょ……」
 ママの声も最後の方はよく聞こえない。
「もうしないから、タマキも一緒に『おもちゃのまち』へ連れてって! パパ、ママ、どうしてそんなに早く行っちゃうの? 置いていかないで!」
 私は泣きながら叫んでいる。しかし、パパとママはほとんど見えなくなっていた。
「じゃ……タマキ……」
「ママーーーーー!!! パパーーーーー!!!」

 ガタン、ゴトン……
 眠りから醒めた私はまだ電車に乗っていた。ずいぶんと長いこと電車に乗っている気がする。今年もいつもの夢を見てしまった……
 眠ってはいないが、まだ意識がハッキリしていない私だけど、乗り過ごしたんだという気配だけはうすうす感じていた。しかし自分がどこにいるかは全く分からない。車掌の鼻声アナウンスは子守唄にさえ聞こえる。
 電車が駅のホームに到着する。乗り過ごした事を感じて焦っていたこともあり、とっさに電車を降りてしまった。
 自分がどこの駅で降りたのか全く分からなかった。ただ、いつも降りる春日部と比べて、やけに人が少なくて、駅の周辺が真っ暗だったので、遠くにきたんだなということだけは分かった。
 誰もいないホームに吹く北風が私の頬に刺さる。毎日浅草や春日部で感じるそれより、はるかに冷たいものだった。
 ホームにある駅名表示を見ると、そこには『おもちゃのまち』と書いてあった。

 ここは『おもちゃのまち』なんだ。ってことは、私、パパとママの所へ来てしまったの?
 私はふらつきながらも改札口へと向かった。改札口は郊外の小さな古い駅という感じで、自動改札では無かった。そのノスタルジックな光景は、20年以上前にパパとママと3人で電車に乗ったことを思い出させるものだった。もしかしたらパパとママがいるかもしれないと思っていたが、改札口にはパパとママの姿は無かった。
 
 これは現実なの? 夢の中なの? それとも……

 現実と非現実の区別すらつかなくなってしまった私は、鏡を取り出して自分の顔を覗き込んでみた。半透明にもなっていないし、頭上にリングもついていなかった。
その後、足元を覗き込んだ。どうやら足は無くなっていないらしい。さらに私はほっぺたをつねってみた。
「うっ。いたたたた」
 ……どうやら私は生きているらしい。

 私は生きている。生きているのに、なぜ『おもちゃのまち』にいるのか理解できなかった。
 自分がどこにいるのかいくら考えても分からなかったが、春日部にいるときよりはるかに冷たい空気が全身を包み、このままいたらあまりの寒さに風邪をひいてしまいそうになった。
 ここはどこなのか、とりあえず駅事務員室にいる駅員に尋ねてみる事にした。
「すいません、なんだか乗り過ごしたみたいなんですけど、ここってどこなんですか?」
「おもちゃのまちですが」駅員が当たり前のように、かつ、不思議そうな顔をして答える。
「『おもちゃのまち』なんて駅名、実際に存在するわけないじゃないですか。冗談言わないでくださいよ」
 今までにこやかだった駅員の表情が一瞬険しくなった。駅員は奥から何やら取り出して私に見せてくれた。それは、東武鉄道の路線図だった。駅員は『おもちゃのまち』を指差して、私に説明を始めた。
「お客さん、酔っ払うのもいいかげんにしてください。ここは、東武宇都宮線の『おもちゃのまち』駅です。冗談じゃなくて実際に存在するんです」

 ここは本当に『おもちゃのまち』だった。
 路線図を見ると、春日部からはかなり遠く、東武宇都宮駅から数駅手前のところだった。
 ……うわ。何てこったい。
 あまりの予想外の事態に、私は言葉を失った。一気に現実モードに引き戻されたものの、何をどうしたらいいのか分からなくなっていた。

 私は、実際に『おもちゃのまち』が存在する事も衝撃的だったが、それよりも自分がこんな遠くまで乗り過ごしてしまった事の方がはるかにショックだった。
 どうやって帰ればいいんだろう、っていうか、まだ電車あるのかな……?
 どうしたら良いか分からず呆然としている私を見て「お客さん、どこで降りるはずだったんですか」と駅員が優しく声をかけてくれた。
 私は浅草から乗って春日部で降りようとしてここまで来てしまった事から始まり、実は酔っ払いではなく2連徹明けで意識が朦朧としていた事、最初『おもちゃのまち』の表示を見たとき、夢の続きだと思っていたことなどいらぬ事まで喋っていた。
 駅員はくすくす笑いながら私の話を聞いている間に、春日部までのルートを調べていてくれた。まだ夜8時過ぎだったので、10時前には春日部に到着できるとのことを知り、かなりホッとした。最悪、宇都宮まで行ってビジネスホテルか健康ランドにでも泊まって、翌日餃子を食べて帰る……なんてことまで想定していたからだ。
「ありがとうございます」とお礼を言って反対側のホームに行こうとしたら、駅員に呼び止められた。
「お客さん、乗り越し精算、片道780円だから往復で1560円ね」
 私はとっさに財布を開けた。財布の中には野口さんも樋口さんも福沢さんもいなかったのでかなり焦った。
「げ。足りない……」
 給料日前だったので、私の財布には900円しか入っていなかった。帰りの電車賃すら捻出できない私は、再び呆然としてしまった。
 
 駅員に再び笑われながら「今回限りだからね。内緒だよ」と言われ、片道分をおまけしてもらった。ついでに、駅員が自分で飲もうと思っていたらしい缶のホットコーヒーを「これ、あげます。もうこんなところまで来ないように気を付けてくださいね」と言って私に手渡してくれた。
 そして私は、『おもちゃのまち』発の切符を持って反対側ホームで電車を待つことにした。
 誰もいないホームに吹く北風が私の頬に刺さる。しかし、駅員の粋な計らいのお陰で、風が吹いても切符を持つ私の手はじわりと温かい。
 どうやら電車が来るまであと5分くらいかかるらしい。私はホームで待っている間に、自宅に電話をかけた。
「もしもし、おばあちゃん? タマキだけど」
「タマキ? 今日は早く帰ってくるって言っていたのに、どこにいるんだい? 今日はあんたの大好物の『きんぴらごぼう』作ったから、早く帰っておいで」
「実はね、今『おもちゃのまち』にいるんだ」
「……え? じゃあ、あんた、もしかして『あの世』から電話しているのかい? 鏡見て半透明になったりしていないかい? 頭に変な輪とかくっついていないだろうね? 足もと見たかい? ちゃんと足はあるんだろうね。くわばらくわばら」
 血が繋がっているとは言え、何で私と同じ事考えるんだろう……

 浅草駅から電車に乗ってからの、今までの出来事を説明すると、祖母はとりあえず安心した様子だった。
「3日も帰っていないから何かあったんじゃないかって心配していたんだよ。じゃあ、帰ってくるまでに、タマキの大好きな『切り干し大根』も煮ておくから早く帰っておいで」
「ありがと、おばあちゃん」
「でも、そんなきっかけで『おもちゃのまち』に行くなんて、あの世でシンイチとサワコさんが『少し力抜けよ』って言っているのかもしれないね」
「そうかな?」
「そうだよきっと。あんた少し仕事に気合入りすぎて周りが見えていなかったし、命日の前日には、いつものあの夢を見るんだろ? たまにはこんな『サプライズ』でもあれば気分転換になるって思ったんじゃないの、あの世で」
「……そうかな。パパとママは私を見てくれているのかな」
「そうだよ、見てるに決まってるさ」
「でも、熱中すると周りが見えなくなるのは、パパとおばあちゃん譲りだよ、きっと」
「そんな悪態ついてると、また乗り過ごすよ。気をつけな」
「私だってそんなにバカじゃないもん!」

 宇都宮方面からホームに上り電車が入ってきた。
 私は電話を切り、電車に乗り込んだ。途中で乗換えが必要とのことなので、気合を入れて起きていた。人がほとんどいない電車の中で、私は人肌の温度までぬるくなってしまった缶コーヒーを飲みながら、こういう乗り過ごしもたまにはいいかな、と思っていた。缶コーヒーが喉を通ると、心も一緒に温まった。私はちょっとだけクリスマスが『好き』になっていった。

 無事に乗り換えも済ませて、あとは春日部で降りるだけだった。
 ……降りるだけだった。
 ……そう、『降りる』だけだった。

 私の背後からクスクス笑う声がした。はっとして私は後ろを振り返ったが、そこには誰もいなかった。

 その直後、車掌の鼻声アナウンスが、突然私の耳に飛び込んできた。それを聞いた瞬間、車窓から見える明るい街並みとは裏腹に私の目の前は真っ暗になった。
 私はいつの間にか、再び遠い世界へと意識を飛ばしてしまったらしい。

「次は『浅草』〜。終点です」

 バカバカ、私のバカーーーーー!!!
よっちゃん802号 | 13:57 | - | comments(1) | trackbacks(0) |

振りかえり(「彼女の彼」あとがき)

「彼女の彼」本編はこちら。もしよければお読みいただければ幸いです。


久しぶりに、これだけの長さの文章を書いたなぁ…というのが第1印象でした。

この話のきっかけは…先日、iPodを購入していて、昔のCDを整理していたときに、渡辺美里さんの「ribbon」を久しぶりに聞きました。
その中に「彼女の彼」という曲があるのですが、そこのワンフレーズ

大切な あなたはもう 明日から 彼女の彼

を聞いた瞬間『このワンフレーズから、何かストーリーが出来ないだろうか』と思ったのが全てのはじまりでした。
「今年の彼」とは違い、「彼女の彼」は、詞の世界を壊さずに書きたい思いが強く残っていました。
特に「明日から」というところをどのように表現しようか、かなり頭をひねりました。だって「今から」じゃなくて「明日から」ですよ!「明日」に何かのイベントでも設定しないかぎり、無理だなぁ…と思い、ああいう展開になりました。
だから、切ない思いを抱えたまま成就されずに終わっていく…という、ハッピーエンドが好きな私ではあまり考えられない終わり方にしましたし。
(実は、タエコがユージを無理やり奪い取る展開も考えた事がありました…)

…もともと、現実味の無いファンタジーとかサスペンスものが苦手(書くのも読むのも)な私としては、10代のとき以上にリアリティを追求してしまったな…と。
おかげで?状況や設定には細かくこだわったのですが、初稿の段階では、肝心の主人公の心理描写部分がお粗末なものになってしまいました。

なにか、弱点克服のきっかけになればいいと思って、某WEBサイトに投稿してみたら、いろいろな感想、指摘を頂戴する事が出来ました。
【長所】
・シンプルな展開で読みやすい
・ストーリーとキャラがしっかりしている
【短所】
・描写が足りない(状況はともかく、心理描写が足りない)
・基本的な文法作法にミスがある
【感想】
・リアリティがありすぎて苦手に感じる人も
・テレビドラマみたい
・話はシリアス寄りですがノリとテンポで読ませる一風変わった作品

感想をくれた方々に御礼申し上げます。ありがとうございます。
こちらのコメント欄でも、感想を受け付けております。もしよければ感想、批評などよろしくお願いします。


よっちゃん802号 | 11:51 | - | comments(0) | trackbacks(0) |

今年の彼(後編)

 ケンタロウが、RX−7の中から手を振っているのが見えた。それと同時に、電話口からケンタロウの能天気な声が聞こえてきた。
「やっほー、カオリちゃん。今からドライブ行かない?」
私の気持ちを知らないで、何て能天気なんだ、こいつ……
「何で、あんたがここにいるの? だいたい今何時だと思ってるのよ!」
「いいじゃん、明日は土曜日なんだし」
「やだよ、もう化粧も落としたしさ。また今度にしない?」
「やだね。……何なら、カオリちゃんが出てくるまでクラクション鳴らし続けようか?」

 ファーーーーーーーン……

 正気か? この夜中に、本当にクラクション鳴らした……
「分かった、分かったから。せめて着替えだけさせてよ」
 それだけ言って電話を切った。
 私は足早に自分の部屋を後にした。本当は、ダイキの匂いが残るこの部屋に居るのが辛かったので、誰かが外に連れ出してくれるのを待っていたのかもしれない。

 私がRX−7の助手席に乗って、ドアを閉めた瞬間、ケンタロウはものすごい勢いで急発進した。車は数分間止まることなく、ものすごい勢いで走り続けた。
「ちょっと、あんた、もっとまともな運転しなさいよ!」
「やだね。車を止めたら、カオリちゃん出て行っちゃう気がするんだもん」
「……出て行かないよ。財布忘れたし。っていうか、あんた、今日おかしいよ」
「おかしい? 俺はいつでもこうしたくてチャンスを待っていたんだ。カオリちゃんが俺のこと、ちゃんと見ていなかっただけじゃないの?」
「どういうこと?」
「答えは目的地で言うよ。それまでは自分で考えなさい。あ、そこにあるトマトジュース飲んでいいよ」
「よく私がトマトジュース毎日飲んでいること知っているわね」
「……何年間カオリちゃんと一緒にいると思ってるの?」
 私はトマトジュースを飲みながら、ケンタロウの答えを考えていた。しかし、今の私には、ケンタロウの問題の『答え』は全く思い浮かばなかった。
 2人を乗せた赤いRX−7は、首都高を東京都内に向かって走っていった。
 2人は、しばらく言葉を交わさなかった。高回転の心地よいエンジン音と、FMヨコハマのBGMだけが耳に入っていった。

 しばらくたって、ケンタロウは車を止めた。
「着いたよ、カオリちゃん」
「ここ、どこ?」
 最初は暗くてよく分からなかったが、よく見てみると、どこかで見た風景のような気がする。
 さらに、あちこちでカップルがくっついて何か囁きあっているのが見える。
「ここ、いつも会社の喫煙室から見えない?」
「そう、さっきから思ってたんだけど。……あ、晴海ふ頭!」
「ピンポーン、正解!」
「晴海ふ頭なんて初めて来た。普段はただ見ているるだけだったからよく知らなかったけど、実際に間近で見てみると悪くないわね」
「でしょ。同じものでも視点を変えると全然違うものに見えるよね。で、問題の答え分かった?」
「ぜんぜん」
「今、カオリちゃん自分で答え言ってたじゃん」
「え?」
「『ただ見ていているだけだったからよく知らなかったけど、実際に間近で見てみると悪くない』って、今言ってたでしょ? 俺も一緒だよ、多分ね」
 ケンタロウは、自分で自分を指差していた。

「あっはははははは!」
 思わず私は笑い出してしまった。しばらく笑いが止まらなかった。
 そうか、こいつがいたか!
「良かった。笑ったカオリちゃん、久しぶりに見たよ」
「はははは。あはははは。……ごめん。本当にあんたの事『ただ見ているだけ』だった」
「そうだと思ったよ。これからは、少しは俺のこともちゃんと見てよね」
「……分かった。考えとくよ。でも、私、『自分と同等か上の人』しか恋愛対象にしないことにしてるんだけど」
『ウソばっかり』と心の中で思ったのだが、ここにきても『女王様気質』が抜けなかった。こいつと一緒にいると楽しいのはずっと前から知っていたけど、10年以上も恋愛対象としては無関心だった人間を、そうやすやすと恋愛対象にはしたくなかった。ダイキのことがまだ頭の片隅に残っていたし、ケンタロウのペースに乗せられそうになっている自分が悔しかった。
 すると、ケンタロウが胸ポケットから何かを取り出し、黙ったまま私の手元に差し出した。それは『チーフマネージャー』と書かれた、ケンタロウの名刺だった。
「じゃじゃーん。ナカノケンタロウは、6月1日付で『チーフマネージャー』に昇格いたしました! もう、カオリちゃんと同じラインにたつのに10年以上もかかっちゃったよ。せめて同じラインに立たないと、男として情けないって思ったしさ。カオリちゃん昇進早いだもん。……これで、俺もカオリちゃんの恋愛対象になった?」
「……恋愛対象にはね。でも、まだ『付き合う』と決めたわけじゃないよ」
 私は、笑いながら頷いた。

「なんで私が彼と上手くいってないって知ってたの?」帰りの車の中でケンタロウに尋ねた。
「おとといエレベーターホールで見かけたときの慌てぶりを見てたら、すぐにピンと来たね。だーかーら、『何年カオリちゃんと一緒にいると思ってるの』って何回言わせるのさ。こんなタイミングを利用して、正直カオリちゃんには悪いと思ったけど、俺からしてみれば昇進した勢いもあったし千載一遇のチャンスだと思ったね。これ逃したらもうチャンスはないかも、って正直思ったよ」
「しかし、本当に私の性格をよく掴んでるなぁ」
「カオリちゃんに勝てるような大したとりえはないけど、それだけは自信があるよ。どんな事があっても、俺はカオリちゃんを見捨てない。10年以上同じ気持ちでいたし、それは、もしカオリちゃんと付き合わなかったとしても、友達としてでもそこだけは変わらないよ。だから、俺と付き合うこと前向きに検討して。ね」
 私が欲しかった『何か』が、今やっと分かった気がした。金でもステータスでも安定した生活でも見せかけの優しさでもなかった。それは、破天荒で完璧主義で女王様気質で……でも実は肝心なところが抜けている私を、何も言わずにそっと見守ってくれて、困った時に手を差し伸べてくれる『優しさ』だってことに。
 こいつなら、絶対私を裏切る事はないだろう。10年以上の付き合いでそれだけは確信できた。そういえば、普段はおちゃらけていて『頼りないヤツ』って思っていたけど、私が困った時とかピンチの時とかは、真っ先に声掛けてくれたりメールくれたりしたっけ。今回だけじゃなくてずっと前から……
 気付いた瞬間、ケンタロウを見てドキドキしている自分がいた。10年以上一緒にいてこんな気持ちになったことは1回もなかったので、自分で自分の気持ちが分からなくなっていた。
 私の頭の中は、驚きと戸惑いと混乱と……少しの期待が渦巻いていた。

「ところで、この『RX−7』のエンジン音、何とかならないの? 高速で走っている時はいい音なのに、信号待ちとか発進する時とか、すごくうるさいんだけど」
「……しょうがないじゃん。カオリちゃんをイメージしてチューニングしてるんだから」 思わず私は吹き出してしまった。
 本当に、こいつは私のことよく知ってるな……
「分かった。OK。付き合う方向で考えとくよ。でもまだ混乱しているから返事は後でいい?」
「カオリちゃんがお婆さんになるまでは待てないよ、さすがに」
「……ばか」
 信号待ちのとき、私はケンタロウの頬に軽くキスをした。自分でもなぜそうしたのかよく分からないが、衝動的にキスしてしまった。
 後から考えると、混乱しながらもその時点で答えが出ていたのかもしれない。

 それから1週間もたたないうちに、私は『今年の彼』でピリオドを打つ決心をした。相手のことを知っていたからか、我ながら決心するのは早かったと思う。10年以上も待たせてしまったようなので、これ以上待たせるのも気が引けるという気持ちもあった。
 それから間もなく、石川町のマンションを引き払ってケンタロウの住む行徳へと引っ越した。

 そして、1年後の6月21日、私は『ナカノカオリ』になった。
よっちゃん802号 | 11:00 | - | comments(0) | trackbacks(0) |

今年の彼(中編2)

 ドアの向こうのマンションの廊下から、誰かが歩く音がする。
 その音で私は、ようやく目を覚ました。

「あ、頭痛い……」
 私は、何時間倒れたままでいたのだろうか。
 荒れ果てた部屋の中からテレビのリモコンを探し出し、テレビのスイッチを入れる。すると『報道ステーション』のオープニングが流れていた。
 一瞬、テレビに『6.21』と映ったので、思わず自分の目を疑った。私の記憶は、6月19日で止まったままだったのだ。
 「ってことは、私は2日間も倒れていたのか!? その間は、当然、無断欠勤……」
 げげげ。やっと私は我に返ったらしい。
 今まで私は無断欠勤はおろか、突然有休を取る事もほとんど無かった。その私が2日も無断欠勤をしてしまったのだ。
 我に返った瞬間、急に会社の状況が気になり、タエコに電話しようとケータイを手にとり、電話をかけた。

「もしもし、タエコ? ごめん、連絡遅れて」
「カオリさん!!! よかった、生きていたんですね! ユージも私もナカノさんも心配してたんですよ。もっと早く連絡くださいよ」
「ごめん、ちょっと大事な用事があって…… どうしても連絡できなかったんだ」
「カオリさんが無事でよかった……」
 電話の向こうで、タエコが泣いているのが分かる。
「ごめん、ごめんってば。泣かないでよ。こっちが悪いんだから」
「う…う…ずず…ぐえっ。カオリさん、仕事は何とかしておきましたから、来週には会社に出てきてくださいね。ず…ず…ぶひっ」
 泣きながらタエコが一生懸命しゃべっているのが分かった。
 来週!? あ、そっか、気がつけばもう金曜日なんだな。
「ありがとう。月曜日には会社に行くよ。この埋め合わせに今度何かおごるからさ」
「分かりました。イタリアンが食べたいです。ずずっ…ずるずる」
 ……ゲンキンな奴だ。

 タエコとの電話を切った後、改めて部屋を見渡すと、そこはまるで廃墟のように荒れ果てていた。
 破れた紙や割れた食器の破片、ワインのビンがあちこちに転がっていた。
 それを見て、思わず笑ってしまった。笑いが止まらなくなっていたので、笑いながら部屋の片づけを始めた。
 何で笑い出したのか、何で笑いが止まらなかったのかはよく分からない。今になって、ダイキと付き合っていたころの自分を冷静に振り返ったら、自分のしていた事があまりにも滑稽だったので、笑い出してしまったのだろう。
 よく考えたら、22、3の若造が一回りも上のオバサンに本気になるわけが無いじゃん。何が私をあんなに溺れさせたんだろう……

 私もバカだったよな……
 
 いつしか笑いも止まり、テレビから流れるニュースの音と片付ける時に発生する物音だけが部屋の中に響いていた。
 こんなに部屋が静かなのは何ヶ月ぶりだろう……
 ダイキと付き合っていた頃だったら、寂しさに耐えられなくなって、ダイキを呼び戻したかもしれない。しかし、今は、その静寂がなぜだか心地よく感じられるようになった。
 数時間後、ようやく部屋の片付けが終わって、シャワーを浴びた後、ケータイに未読メールがあることに気づいた。

親愛なる女王様へ
タエコ姫から女王様の無事を聞きました。生きていたようでなによりです。
下僕のナカノより


 ナカノ?
 ああ、『ケンタロウ』のことか。あまりにいろいろあったので、一瞬思い出せなかった。
 ケンタロウは、私の同期である。
 腐れ縁なのか何なのか、彼とは何度か同じプロジェクトで仕事をしたことがあり、今となっては部署も同じなので、毎日顔を合わせていた。彼は、社内で私を『カオリちゃん』と呼ぶ数少ない存在だった。
 さっきのメールに『女王様』と『下僕』と書いてあったが、まさにそんな関係だったので、メールを見て思わず吹き出してしまった。
 多少私の贔屓目があったとしても、あいつ自身、ルックスも性格もそんなに悪くないし、結構かっこいいスポーツカーに乗っているらしい。しかし、彼とは10年以上の付き合いがあるが、『彼女が出来た』っていう話は1回も聞いた事ないんだよね。アプローチしてくる女も1人や2人どころじゃないみたいだし、実際女友達は多いみたいだけど、どの子も本気じゃないっていうか、お友達どまりっていうか、なぜか結婚しないんだよね……
 以前「なんで結婚しないの?」って聞いたら「カオリちゃんには言われたくない!」って怒ってたっけ。
 しかし、このメール、文面といい、タイミングといい、本当にあいつらしいな……
 私はケンタロウからのメールを再度読み返して、また吹き出してしまった。

 ケンタロウにメールの返事を打とうと思ったら、ケータイが鳴ったのでビックリして電話を取った。慌てていて誰からの電話か見なかったけれど、まだ心のどこかでダイキから連絡が来るんじゃないかと思ってドキドキしていた。
「もしもし」
「もしもし、カオリちゃん? 元気?」
 声の主はケンタロウだった。
「なんだ、ケンタロウか」
「『なんだ』っていうのは、さすがにちょっと失礼じゃない?」
「あ、ごめんごめん。で、こんな遅くに何の用よ?」
「お、その女王様口調、元気なようで安心したよ。……ちょっとさ、用があるんだけど」
「用って何よ」
「……ベランダに出てきてくれない?」
「ベランダ?」
 ベランダの外から、小さくクラクションの鳴る音がした。慌ててベランダに出ると、赤い『RX−7 FD3S』が目に入った。
 運転席のウインドウが開く。そこにいたのはケンタロウだった。
よっちゃん802号 | 11:00 | - | comments(0) | trackbacks(0) |

今年の彼(中編1)

「ちょっと、運転手さん、もっとスピード上げてよ! 急いでるんだから」
「無茶です。お客さん、今、首都高は雨のため制限時速が50km/hなんですよ。これ以上スピード出したら安全の保証できないですよ」
 6月の梅雨の時期だからしょうがないか、と思いつつ、こんなところでもたもたしていたらダイキがいなくなってしまう気がしてならなかった。どうしてもダイキと話がしたいと思って彼のケータイに電話をかけるのだが、何回電話しても『電波が届かないか、電源が入っていないのでかかりません』のメッセージだけが空しく流れていた。
 イライラと不安がどうしても止まらないので、タバコを口にくわえた。
 その瞬間「申し訳ありません。車内は禁煙になっております」と運転手に言われてしまった。
 増殖するイライラと不安を抱えながら、タクシーはベイブリッジを通り過ぎた。

 石川町の自宅マンション前でタクシーを降りて、駐車場にたどり着いた瞬間、私は座り込んでしまった。
 いつも置いてあるところに、黒の『フェアレディZ』が無かったのである。
 
「セガワさん、具合でも悪いんですか?」
 マンションの管理人に声を掛けられるまで、ずっと座り込んでいたらしい。
「あ、大丈夫です。ありがとうございます」
 大丈夫な訳はないけど、救急車とか呼ばれても困るので、冷静なふりをしてその場を後にした。
 一体何分座り込んでいたんだろう……
 お台場にある会社を出たのが15時半くらいで、ここに着くまで、だいたい40分位と仮定する。で、今は17時半なので、軽く1時間は座り込んでいたらしい。
 絶望した気持ちでオートロックを開け、郵便受けのチェックをすると。

 あった……
 ダイキに渡したはずの合鍵が、郵便受けに入っていた。
 もうダイキはここにはいない、しかも、もう2度と戻ってこないであろうことは、さっき喫煙室で受けた彼からの電話で薄々感づいていた。しかし、ひとつひとつ事実を確認していく度に、『絶望』が雪だるま式に上書きされていくのが分かった。

 リビングに入ると、テーブルの上にはダイキの携帯電話と1通の手紙が置いてあった。

セガワ カオリ様

こんな形で出て行ってごめんなさい。
本当は、ちゃんとお別れを言おうと思っていたけど、カオリさんと話していると説得されてしまいそうになるので、こういう形を取りました。
僕は、カオリさんのことが好きでした。こんなに自分を愛してくれた人が今までいなかったので、すごく嬉しかったです。
でも、いつからか、僕は、カオリさんに「支配されている」と感じるようになりました。そう思うようになったら、もう息苦しくなって、ここには居られなくなりました。僕は、カオリさんの『ペット』じゃありません。
カオリさんからもらったロレックスとフェアレディZは思い出として持っていきます。
でも、ケータイは置いていきます。
もう僕の事は探さないでください。
では、お元気で。さようなら。

ツムラ ダイキ


『ペット』……ですって……

 私は、彼を『男』として見ていたけど、『ペット』だなんて思った事は1度も無かった。しかし、彼はいつからか私の思いを『重荷』や『束縛』だと感じていたのだろうか? いや、いくら何でも『ペット』は無いだろう!!
 ダイキに事の真相を問いただしたくなった。
 そして私は、彼がユキエの会社の後輩である事を思い出した。早速ユキエのケータイに電話をする。
「もしもし」
「もしもし、カオリ? ツムラ君ってば何で辞めちゃったの? 今日いきなり辞表を出して辞めていったみたいで、うちの部署は大騒ぎなんだけど」
 ユキエのいつもの早口が、さらに早口になっていた。『辞めた』という展開はさすがに予想外だったので、事態を把握するのに数秒かかった。
「……」
「もしもし、カオリ? あんた何か知ってるんなら教えてよ!」
「え? ダイキは会社を辞めたの?」
「そうよ。おかげで今、大変なんだから。……もしかして、カオリ、ツムラ君が辞めた事知らないの?」
「知っているも何も、家に帰ったらダイキの鍵が置いてあって……」
「うそ……」
「彼の実家には連絡つかないの?」
「ツムラ君は、既に両親を亡くしていて、叔父さんが身元保証人になっているらしいの。人事を通して『連絡欲しい』って言ってるんだけど、叔父さんも分からないみたい。もともとなんか『素性が怪しい』って噂があったんだけどさ……もしもし、カオリ? 聞いてる?」

 思わず電話を切ってしまった。
 今までダイキ色に染められた私の頭の中に、ひとすじの風が吹いた。その風が、今まで熱暴走していた私の頭を徐々に冷ましていった。
 ……そう言えば、私、ダイキが両親を亡くしているなんて知らない。
 ダイキが「自分の生い立ちや、昔のことはあまり話したくないんだ」って言っていたので、彼の過去をはじめ、彼の事をほとんど知らなかった。興味はあったのだが、今度聞いたら彼に逃げられるんじゃないか、彼に嫌われるんじゃないかという思いが強すぎたのか、私もこれ以上彼について聞くことはなかった。いや、聞きたくても聞けなかった。
 彼に執着するあまり、彼さえ手に入れば他のものは捨ててもいいとさえ思っていた。彼を失う全ての可能性を私の中から排除していた。「今の僕を信じて欲しい」という彼の言葉をしっかり真に受けいていた。
 そう言えば、最近ダイキが私に隠れて誰かに電話しているのをよく見かけた。「誰と電話してるの?」と聞いても、「友達だよ」というばかりだった。
 
 あの電話の相手は、本当に『友達』だったのだろうか?
 なぜ彼は、私に自分の過去を全く話さなかったのだろうか?
 なぜ彼は、私に身元の一切を明かさなかったのだろうか?
 なぜ彼は、私に高価なものばかりねだった上に、私が女友達に会うのを必要以上に嫌がったのだろうか?
 今まで1度は頭の中をかすめたが、意図的に封印した疑問が再び頭の中を支配する。
 私が主導権を握っているように見せかけといて、実際は私を外部情報から遮断し、見せかけの『優しさ』をチラつかせてマインドコントロールする事によって、高価なものをプレゼントさせていたと考える事は出来ないか? で、もともと最後は逃げる予定だったので、身元は極力伏せておきたかった、だから、女友達にも会わせなかったと考えると合点がいく……

 ……ダイキが私の『ペット』だったんじゃなくて、私がダイキの『ペット』だったのかもしれない ……

 そう思い始めた瞬間、私の頭の中で何かが『ぷつり』と音を立てて切れていった。


「あーーーーっ!!!」



 私は、私の身体のどこからこんな声が出るんだ、というくらいのありったけの声で叫んでいた。と同時に、私の身体のどこにこんな水分が蓄えられていたんだろう、というくらいの涙が溢れてきた。
 恨みとか怒りとか悔しさとか悲しみとか、そういう一言で言い表せない複雑な感情が頭の中を押し寄せてきた。なんか、気が狂うというか、頭がおかしくなるというか……何かに例えるならば、大黒柱を失った建物が崩れていく感じだった。
 とりあえず、手に持っていた手紙を破き、ダイキが使っていたカップや食器類、2人が写っている写真立てなど、彼を思い出させる全てのものを破壊した。
 それでも私の中で、ダイキとの楽しかった思い出が頭の中に甦ってくる。裏切られたなんて信じたくない。これはきっと何かの間違いだ。そうに違いない。
 今、私が置かれている事実をとにかく受け入れられなくて、冷蔵庫に入っているワインやシャンパンを片っ端から飲み尽くした。
 3本くらい一気飲みしたところで、足元がふらついて転んでしまった。しかし、もはや起き上がる気力さえ残っていなかった。

 ……そのまま眠りについてしまった。
 もう『目が醒めなくてもいい』って頭のどこかで思いながら。
よっちゃん802号 | 11:00 | - | comments(0) | trackbacks(0) |

今年の彼(前編)

「聞いてよ、ユージ。そう言えば、こないだ銀座でカオリさん見かけたんだけどさ、相手が以前の人と違ってビックリしちゃった」
「タエコ、お前、いちいちそんな事でビックリするなよ。カオリさんの彼氏が毎年変わるのは、部内ではもはや常識だぜ」
「しかも、すっごく若くて、どう見ても20代前半なんだよ」
「一体、どこでそういう男と知り合うんだろうな……」
「あーあ、私もカオリさんみたいな美貌と華やかさがあれば、『男日照り自慢』が特技になることも無いのに」
「お前、もしかしてカオリさん路線目指してるの? 無理無理、やめとけって。お前が真似したところで、相手にいいように弄ばれてポイされるのがオチだぞ」
「そうかな? ユージはカオリさんみたいなのは趣味じゃないの?」
「いや、マジで勘弁して。美人だし、仕事できるし、気立てもいいけど、あそこまで強くて自己中で完璧主義だと、よほどの相手じゃないと太刀打ちできないぜ」
「女の私から見れば、カオリさんなんて最高の女性だと思うんだけどな。何で1人の人と長続きしないんだろうね」
「変な性癖でもあるんじゃないの?」
「バカっ! あんた、何考えてんの?」
「分かんないよ。人は見かけによらないとも言うし。最近目つきがヤバイと思うときがあるんだよね……」
 タエコは休憩室の入口にチラリと目をやった。一瞬にして彼女の顔が引きつっていた。急に声がひそひそ声に変わった。
「わっ! カオリさん入口にいるじゃん!」
「げ。聞こえたかな? 今の話」

 全部聞こえてるんだけど……
 話が盛り上がっていたので、喫煙室に足を踏み入れるのをためらっていたが、話が中断したようなので、喫煙室に入る。
「いつまで休憩しているの? そんなに暇なら、明日の会議の資料はキミたちに作ってもらおうかな?」
 上目づかいで彼らをチラッと見ると、彼らは2人同時に言い訳を作り始めた。
「あ、私、部長にお遣い頼まれてたんだった!」
「俺も、取引先との打ち合わせが!」
 喫煙室に根が生えたような存在だったのに、いなくなるのは速かった。この逃げ足の速さと仕事のスピードが比例していればいいのに、と思った。

 私にだって、かつては一服やりながら談笑できる仲間もいたものだ。
 SEという業種だからなのか、入社して3年が経った頃には、同期の3割が退職していた。もともと女は少なかったが、結婚や出産で次々と退職していき、13年経った今となっては、同期の女は私を含めて3人だけになってしまった。
 私も含めたその3人は、それぞれ強烈な個性の持ち主で、とても仲良く談笑できる間柄ではない。私が彼女たちの立場でも、同じように思うだろう。
 しかも『美人で近寄りがたくて自己中心的で真っ赤なスーツが似合う強い女』というレッテルを勝手に貼られてしまったので、若い社員は緊張するらしく、なかなか話し掛けてくれない。タエコはまだ話し掛けてくる方だ。
 さらに、男子を含めた同期の中で最も早く『チーフマネージャー』なんて肩書きがついてしまったので、さらに近寄りがたい存在になってしまったらしい。
 私が社内で雑談できる相手は、片手で数えられるほどだった。『寂しい』という感情を抱いた事もあったが、そんなのを表に出せるような性分じゃなかった。
『類は友を呼ぶ』とはよく言ったものだ。私の学生時代の女友達は、三十路半ばになろうというのに『結婚』という言葉を知らないらしい。
 三十路になると、合コンの数が激減するとよく言われるが、彼女たちのお陰で、三十路になっても合コンの数はさほど減らなかった。それだけは女友達に感謝する。
 社内で仕事以外の話をすることがほとんどない私は、女友達との『定例会』と合コンだけが、他人と世間話ができる数少ない機会だった。
 ここ数年、『彼氏』と呼べる男に出会うのは、決まって彼女たちが主催する合コンだった。

 一昨年付き合った彼とは、1年2ヶ月くらい付き合っただろうか。ちょっと色黒で背が高くてモデルみたいな体系の男で、3歳年上の大手銀行のサラリーマンだった。
 逗子に実家があり、かなりのお金持ちだったようで、葉山マリーナに置いてある彼のヨットにはよく乗せてもらったのものだ。
 性格もまあ良かったし、経済的に申し分なかったので、とりあえず『結婚』も考えたが、彼が強く求めた『結婚したら仕事を辞めて家庭に入るように』という条件が受け入れられずにご破算となった。
 女友達からは『彼以上のいい持ち駒は持っていないからね』と散々釘を刺され、考え直すように何度も言われたが、やはりその条件がネックだった。
 私が求めていたものは、金でも『マダム』というステータスでも経済的に安定した生活でもなかったようだ。

 昨年末から付き合い始めた彼、ダイキとは、半年以上経った今でもまだ続いている。ダイキは、何と12歳年下。
 いつもの女友達と新橋で飲んでいたら、偶然その中の1人、ユキエの会社の新人君たちと隣のテーブルになった。『私たちのおごり』という餌が効いたのか、即席合コンみたいな感じになっていた。
 私はひと目でダイキのことを気に入った。かつて『ビビビってきちゃいました』と言って歯科医と結婚した永遠のアイドルがいたが、まさにその『ビビビ』を体感したような、頭上に稲妻が落ちてきたような衝撃だった。
 まず、ルックスがかなり好みであった。180cmを超える長身に加えて、バスケで鍛えたという締まった身体。しかもジャニーズ系の顔立ち。それに加えて、若さゆえの荒っぽい男らしさと母性本能をくすぐるような甘えん坊な部分を持ち合わせていた。
 ……私は、2次会の途中で彼を連れ出して『お持ち帰り』してしまった。
 それから間もなく、ダイキは私の部屋に転がり込んできて一緒に住み始めた。
 それからというもの、私は毎日のように『彼』を欲した。
 彼とはセックスの相性が抜群に良かった。「好きだよ」「愛してる」「ずっと一緒にいようね」を毎日口に出して言ってくれるのが、とても幸せだった。今までの男はそういうことを口に出して言わなかったので、『彼を手放してなるものか』という気持ちが日増しに強くなっていった。
 彼となら、今まで埋められなかった『何か』を、埋められる気がした。彼は私の欲求も寂しさも全て満たしてくれた。年下なのに、不思議と素直に甘えられた。
 ユキエから『あいつは危ないから気をつけたほうがいい』という忠告を遠まわしに受けたが、そんな忠告を聞き入れる隙もないくらい、私は彼を必要としていた。
 いつのまにか『彼を手放したくない』という気持ちだけが強くなっていた。彼の色に染まりたいと思ったし、実際に見事なまでに染められていた。
 彼が望む事なら何でもしてあげたし、彼が欲しいと言うものは『100万円のロレックス』だろうと『黒いフェアレディZのオープンカー』だろうと、全て買い与えた。逆に、彼に嫌われるような事は極力しなかった。彼がやきもちを焼くので、合コンはおろか『定例会』も顔を出す事がなくなり、必要だと感じていた時でも休日出勤はしなかった。
 ガラにも無く『ジューンブライド』に憧れていた私は、今月に入って「籍だけでも今すぐ入れよう」と迫った。しかしダイキは「オレの貯金が300万貯まったら、2人で結婚式挙げて、そのときに籍を入れたい」と言うので、その言葉を信じて待つことにした。

 喫煙室で2本目のタバコに火をつけたところで、ケータイが鳴った。
 ダイキからだった。

「……!? あんた、今更何考えてるのよ! 今から帰るから、待ってなさい!」

 私は喫煙室を飛び出し、フロアに帰るなり、大急ぎで帰宅の準備をした。
「タエコ、私、もう帰るから。あとはよろしく」
「カ、カオリさん!???」
 タエコは明らかに困惑していた。私はそれを見て見ぬふりをして、自分の席を後にした。

 エレベーターホールで、ユージともうひとりが談笑をしているのに出くわす。ユージが声をかけてきた。
「あれ、カオリさん、どうしたんですか?」
「ごめん、急用が出来たので帰る」
「えっ?」
「あとはタエコに任せてあるから」
 タエコが私を呼ぶ声がする。私はそれを聞こえないふりをしてエレベータに乗り込んで会社を飛び出し、タクシーを捕まえ、ダイキの待つ部屋へと急いだ。
 
 カオリが去った後、エレベーターホールには不思議な沈黙がしばらく流れていた。残された3人は、何がなんだか分からない様子だった。
「タエコ、カオリさんが今、ものすごい勢いで帰っていったけど何かあったの?」
「分かんない。ユージこそ、何か知らないの?」
「いや、なにも。ナカノさんは何か知ってます?」
「いや……」
「また男がらみじゃないの?」
「ユージ、どうしてカオリさんの話題になるとすぐそっち方向に行くの?」
「なんか、そういう気がするけどね。あの慌てっぷりは尋常じゃないよ」

「案外そうかもしれないね……ようやく俺にもチャンスが巡ってきたかな?」
「ナカノさん、今何か言いました?」
「ううん、気のせいだよ。タエちゃん」
よっちゃん802号 | 11:00 | - | comments(0) | trackbacks(0) |

彼女の彼(後編)

アクアシティの駐車場にたどり着いた。
 そこで、私の目が点になった。
 あれ? ユージの車って緑の『ユーノスロードスター』じゃなかったか? どこをどう見ても、オープンカーじゃない。私の目に映ったのは、どこをどう見ても、青い『ティーダ』という車だった。
「これって……」
「買い換えたんだよ。車。さすがに結婚するのにオープンカーじゃ荷物載らないし。それにエリが『買い換えるならティーダがいい』っていうから」
 やっぱり。結婚を意識すると、男って変わるんだな。今まであれだけロードスターに執着してたのに。
 彼女色に染まるっていうのか? それよりも『2人でひとつの世界を作り上げていく』って感じか。
 もう、私の入る余地なんて無いのかもな……
 動揺したところをうっかりユージに見せるところだったので、とっさに色の話題を振ってみた。
「ふーん。結構きれいな色選んだんだね。」
「色だけは、俺は絶対譲らなかったんだ。エリは『赤がいい』って言ってさ、ディーラーでけんかしちゃったよ」
「で、エリが折れたんだ。相変わらずあんたは子供だねぇ」
「うるせぇ。そんなこというと置いてくぞ」
「まあまあまあ。そんなところで怒らないで、乗せてってくださいな」
 『青』か。青とオレンジは反対色。私たちは、決して交わる事が無い運命だったのかもな……

 そして、車はお台場を離れ、湾岸線に滑り込む。
 ティーダは、湾岸線の直線道路を思ったよりも軽快に走っていく。
「ティーダって、排気量1500ccでしょ? こんなに軽快に走るんだ。いいなぁ、私もティーダ買おうかな」
「いや、この車1800ccだよ。さすがに1500ccだったらここまで走らないだろ」
「お、1800ccにしたんだ。やっぱり、これくらいのボディには1800cc欲しいよね〜」
「エリがさ『タエちゃんと一緒にドライブ行く時、軽快に走らない車だとタエちゃんがイライラするから1800がいい』って言うからさ。『タエコに車買ってやるわけじゃないだろ』ってまたディーラーでケンカになったんだよ。本当にエリはタエコが好きだよな。俺、正直言ってタエコに嫉妬してたんだぜ」
「何でユージが私に嫉妬しなきゃいけないのよ」
 エリが本当にすきなのは、私じゃなくて、あんたですから!!!
 私は、ユージの、この何ともいえない鈍感なところも含めて好きだった。
 でも、こんな時まで鈍感だと『やっぱり私の気持ちなんてこれっぽっちも分かっていない』ことを思い知らされる。
 …その瞬間、頬に一筋の涙が伝わってくるのが分かった。
 代打逆転満塁ホームランを打とうという気があるのなら、今が最後のチャンスなのだろう。
 正直、さっきまでは「例え結果が三振でも、打席に立ってみたい」という意気込みが、ほんの少しあったのも事実である。
 私はユージが好きだ。エリと付き合ってからもその思いは変わらなかった。しかし、それと同じくらい、エリも好きだ。
 しかし、今の私には、エリやそのおなか中にいる赤ちゃんを悲しませてまでユージを奪い取ることは出来なかった。

 ユージの彼女がエリじゃなかったら。エリのおなかに赤ちゃんがいなかったら、エリが私にとってかけがえのない親友じゃなかったら?
 頭の中でそんな事ばかり考える。
 しかし、ユージの彼女がエリであることも、エリのおなかの中には赤ちゃんがいるのも、エリはかけがえの無い親友である事も、紛れも無い事実である。
 苦しい。自分のココロにウソはつきたくないが、もう身動きできない。

 やっぱり潮時なのかな……

 カーステレオから、B'zの「GREEN」が流れる。これもエリの趣味だという事は私もよく知っている。知ってた上で、あえてユージにお願いした。
「ごめん、今日はB'z聞きたくない」
「あれ?タエコはB'z嫌いだっけ?」
「いや、嫌いじゃないけど。今日は聞きたくないだけ。何か聴くならエアロスミスにでもして」
「いいけど。最近、お前、ちょっとヘンだぞ?」
「ヘンじゃないよ」
「っていうか、お前、目真っ赤だぞ。もしかして泣いてるのか?」
「泣いてないよ。昨日ほとんど寝てないから充血してるだけ。眠いからちょっと寝ていい?」
「いいよ。じゃ、着いたら起こすわ」

 目が醒めたら、ユージのことを諦めます。
 だから、神様、目が醒めるまで私に時間をください。
 せめて夢の中では、タエコとユージはカップルでいさせてください。
 神様、お願いです……

 そして私は眠りについた。心のどこかで『目が醒めなければいいな』と思いながら……
よっちゃん802号 | 12:56 | - | comments(0) | trackbacks(0) |

彼女の彼(中編)

「あんた、明日結婚式でしょ。こんなところで何してんのよ」
「んー、俺、来週休み取るじゃん?取引先に急いでメール入れなきゃいけなかったの思い出してさ」
「ふーん、じゃ、すぐ帰るんだね」
「あと、エリが『タエちゃん、多分休日出勤してると思うから、夕方までに終わりそうになかったら手伝ってあげてよ』って言うからさ」
 そうですか、ここでも『エリ』ですか。そうですか。
 ココロの傷に、塩を思いっきり塗られた気がした。
 ユージとエリが付き合ってからというもの、毎日のように私は、エリのことについて質問攻めにあったりデートの経過を聞かされていたので、こんなシチュエーションは慣れっこのはずだった。
 でも、なぜか、今日はダメージ3割増…… 深夜のタクシーか? って感じだな、なんて変なことを考えていた。
「で、このオレンジジュースは何?」
「タエコ、これ、いつもデスクに置いてあるじゃん?」
「…… これ、私にくれるの?」
「あたりまえじゃん。お前に買ってきたんだから。なんか最近、元気なさそうだったし。タエコは元気なのがとりえなんだから。これ飲んで元気出せよ」
 ユージは私を見ていてくれたんだ。恋愛対象じゃなくて友達として、だけど。
 それでも嬉しかった。たった一言、たった一つの心遣いで、気分がこんなに変わるんだなぁって実感した。

「お前、デスクでタバコ吸ってるのばれたら、部長に怒られるぞ」
「いいじゃん、誰も居ないんだから。あとでちゃんと片付けとくし。」
「ってかお前、タバコの量増えてないか?エリが心配してたぞ…… あれ? マイセンライトなんて吸ってたっけ? 1本もらっていい?」
ユージが私の目の前でタバコに火をつけた。
「あんただってフロアで吸ってるじゃん。それに、これ、『間違えて』買ったやつだから、全部あげるよ」
「あ、本当? じゃ、もらうわ。ってか早く仕事しろ」
「へいへい。わかりましたよ〜」
 完全にやる気ナシ子だった私も、ようやく仕事モードに切り替わろうとしていた。
 うわ!っていうかもうお昼過ぎてるし!!

 それから数時間後、ようやくプレゼン資料完成の目処が立ってきた。
「ユージ、悪い。この資料15部づつコピーしてきてくれる? 両面でソートして左上にホチキスどめの設定でお願い」
「はいよ〜」
 ユージがコピールームへ行っている間に、デスクを片付けながらさっきもらったオレンジジュースを飲み始めた。
「元気がとりえ」の私は、オレンジジュースだけじゃなく、デスクの小物なんかも割とオレンジが多かった。
 オレンジって「元気」「明るい」ということを表す色らしい。
 明日、エリの披露宴に着ていくワンピースも淡いオレンジを選んだ。
 エリが『やっぱりオレンジがタエちゃんらしい』といって選んでくれたものだった。
 今日は、いつも以上に、オレンジに元気をもらった気がする。オレンジジュースを飲んで、ココロの中もオレンジ色に染まっていくような感じがした。
 でも、その『オレンジ』は昼間の明るさのようなものではなく、夕焼けの色に近い『オレンジ』であることに、私は気付かないようにしていた。
 
 ユージがコピールームから戻ってきた。
「終わったよ〜。これで全部終わり?」
「うん。ありがとう。助かった。お礼にコーヒーでも買ってこようか?」
「いいよ、別に。っていうか、お前、明日の準備は大丈夫なのかよ?」
「あ、もう荷物は宅配便でホテルに送ってあるから大丈夫」
「あ、そ。じゃあ、俺もこれから直行するから、乗ってく?」
 一瞬、ユージが何を言っているのか分からなかった。
「『乗ってく』って。あんた、もしかして車で来たの?」
「そうだよ、アクアシティの駐車場に止めてあるよ。さっき2次会の景品買ったから、何時間かはタダになるしね」
 こんな事は無いと思っていたので、ちょっと、いや、すごく嬉しかった。うっかりすると笑ってしまいそうなので、それを隠すのに必死だった。

 会社を出ると、島全体が一大アミューズメントパークのような場所である。とてもここに会社があるとは思えない。
 特に今日は土曜日のせいか、周りを見渡せばカップルばかりである。
 珍しくユージが、私の歩く速度にあわせて歩いてくれた。
 普段、仕事の用事で一緒に出かけるときは、彼の歩く速さにいつもついていけず文句ばっかり言っていたのを思い出す。

 傍から見れば、私たちもカップルに見えるかな?

 私たちは、アクアシティに止めてある、ユージの車へ向かっていた。
よっちゃん802号 | 14:03 | - | comments(0) | trackbacks(0) |